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気仙沼のガイアの夜明け

2011年。

震災直後から半年間のガイアの夜明け。あの混乱の中で希望を失わずに歩いてきた人たちのお話です。

震災後、半年くらいで出たのかな。気仙沼のかつお漁は日本一の水揚げで、だから漁港を何とか直したい!損しても得してもやるんだってがんばっていたおっちゃん達。

昨日は父と そのかつおを頂きにいってきました。

ガイアの夜明け 2011 (日経ビジネス人文庫) (日経ビジネス人文庫―日経スペシャル)


父の希望は、ボランティアで出会ったおじいさんに会いたいということ。

まもなく100才になる、かつお節職人なのだそうです。

避難所になった体育館で名簿を見たときそんなバカなと思ったそうです。

だって普通の100才っていったら。寝たきりなんじゃないか、トイレは、食事は大丈夫なのか。入院させなきゃマズいのではないか。

ところがどっこい元気なんだな!

家族と離れたくないっていう。

津波がやってきたときも、最後は崖をよじ上って助かったって、、、この人のかつお節が食べたいんだっていう。

というわけで、かつお節工場へ。今は息子さんがついでやっています。

このでっかい釜でかつおを燻します。

乾かす→燻す×20回!!!


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今はこの状態(あらぶし、というそうです)で出荷ですが

「これは試作品。本当はカビの部屋がほしい、カビをつけるとまろやかで上品になるんだー」

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「元の状態には戻らないねえ。」

「 ボランティアさんには本当に感謝。行き届かない所をどんどんやってくれる。助かっています。」

「魚のお惣菜が人気。煮沸して真空にすると、この状態で1年持ちます」

「小口でかるくて開けたらすぐおいしいのを作りたい。」

あるものを生かして、工夫に工夫でやっていく。どんなに困難でもいっぽいっぽ歩いていく。人間ってすごい。

ガイアの魂、生きていた!

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震災前、気仙沼はカツオの水揚げ日本一だったそうです。それが全部流されました。

漁に必要なのは船だけではありません。かつおのエサーイワシの生き餌。魚を冷やす氷、保存する冷蔵庫、燃料を保管するタンク、船をつけるための岸壁、水揚げのためのクレーン、カツオを売買する市場、加工する業者、運ぶ業者、その他様々。それらが全て流されている。だから船だけ残っても他の港に揚げるしかない。それだと気仙沼のカツオ漁は終わってしまう。。。

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町を歩くと、それら全てのサービスがもろとも流され、ほとんど復旧していない事がわかります。


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私も最初は船だけ支援するつもりでしたが、実施に現地に行くと、船は沖へ必死で逃がしたけれど、港においていた網や機材が全部流されて、それは船の比ではない。さらに自宅が被災していないと一切対象外でどうしようもない、、、という方に次々と出会う事になりました。

そして三回目の夏。いまだ半分以上の漁師さんが再開できていない、という事でした。

でも、海だけはサイコーよ!ってがっつり立って向かっている。あきらめない。人間はこのために生きてるんだって、いうのでした。

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