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人はなぜ逃げ遅れるのか―災害の心理学

タイトルが気になって手に取りました。
読み終わって、2004年の発行だということに驚きました。

阪神大震災から9年目、ハリケーンカトリーナも、スマトラ沖地震も、東日本大震災もまだ起こっていない。だけれども、何かの預言書かと思うほど、ここに書いてあることが繰り返し引き起こされています。

人はなぜ逃げおくれるのか―災害の心理学 (集英社新書)

人はなぜ逃げおくれるのか―災害の心理学 (集英社新書)

この本に書いてあることがもっと身近で話し合われていたらどうだったろう。

 災害を研究する人たちに出会って驚いたのは、天災というものはない、災害はすべて人災だと考えていることでした。例えば南極で大地震が発生しても、地球上の人間がだれも怪我ひとつしなければ、災害ではない。単なる自然現象だ。自然現象により、傷ついたり、失うものが大きくなるのは人間ひとりひとりが持つ事情による。だからそれを見極めようという考え方です。

最初に紹介されているのが、韓国の大邱で発生した地下鉄の火災。このビデオには、煙がもうもうと立ち込めているのに、逃げずにその場にとどまり続ける人たちが映っています。

「そんな事はおこるはずはない、日常はずっと続いているはずだ」という思いがその人をその場に留まらせ続けている。東日本大震災の調査でもテレビで津波の映像を見ていて流された人がいました。日常とかけ離れたことが発生したとき、まさかそれが自分の事と思えない、そういう心理が働くことがある。その心のメカニズムについては、まだまだ未解明なことが多い。

生存への意思、冷静で沈着な行動、先んじて行動することは生き残るために重要な要素であるが(第2章災害被害を左右するもの、 第5章 生き延びるための条件)それをどうやって養うかは日常にかかっている。

 災害が起こると、人々は逃げまどい、パニック状態に陥る(ひょっとしたらヒーローが助けてくれるかも!)というのは映画によくあるシナリオだが、現実には自然災害によるパニックはほとんど起こらない。(第4章「パニックという神話」)

 被災地では、動ける住民たちは協力しあい、冷静にベストな行動を尽くしていた。(第6章 災害現場で働く善意の力)むしろ、パニックが起こるかもしれないという恐怖が誤った判断による被害拡大を招いていた。原発事故の際にパニックを恐れて放射能の拡散について報道を抑えたように。

 パニックの研究が始まったのは第二次世界大戦の時だという。戦闘中はパニックが起こりやすい。有名な事例として、平維盛源頼朝の富士川の決戦が紹介されている。

夜間に、源氏の一部隊が、平氏の背後にまわりこもうとして移動したところ、富士川の河口で羽を休めていた水鳥の大群が一斉に飛び立ち、その羽音を、源氏の総攻撃と錯覚した平氏の全軍は総崩れとなって大潰走した

災害とパニックについて研究をはじめたエンリコ・クワランテリ(1957)は700を超える災害について調査をしたが、災害によるパニックはひとつも見つからなかったと述べている。映画や小説と現実はずいぶん違うのだ。

最後に被災地が復興できるか、否かについての調査結果が述べられている。災害後復興できた地域と、復興できなかった地域の違いはなにか。(第7章 復活への道筋)

2004年の少し古い本だけれど、文庫本で読みやすく、さまざまな事例が縦横無尽に語られている。そしてあまりにも同じことが繰り返されていることに驚く。誰でも一生に一度は大きな災害に出くわす可能性が高い。その時どうなるかは日常をどう過ごしているかに大きく左右される。

ぜひこの本をもとに、身近な人と、災害について語り合ってほしいと思う。