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山口弥一郎「津波と村」を読みました。

山口弥一郎「津波と村」を読みました。昭和18年の本の復刻版で2011年5月出版となっています。この本は昭和三陸津波の後、高校の先生が夏休みや冬休みをつかって、三陸の復興の様子を聞いて歩き、復興に現れる社会構造を観察した一冊です。

津浪と村

津浪と村


一章「津波と村の調査記録」は仙台から八戸まで、何年もかけて歩いて行った記録です。ここの坂がきついとか、峠を越えるときの景色が素敵なこと、何を食べ、どんな生活をしているかと、歩いている人の目線で丹念に当時の三陸津波の被害の様子が語られています。

二章「村々の復興」では、原地に復興するか?高台に移転するか? それともどこか別の場所へ?と復興に悩む様子が語られます。高台に行けば海での仕事が不便になります。リスクをとって浜辺に住んだ方が豊かになれるかもしれません。でもいざ津波がきてしまえば大きな被害がでます。その狭間でどう復興させていくか悩むわけです。

三章は「家の再興」これは現代の復興ではあまり触れられていないけれど、大事なことかもしれません。全滅した家系が娘も婿もとる。分家が本家になる。血のつながり以上に「家」が大事であるということ。現代風に言えば信頼の厚いコミュニティ、、、もっと濃いなにか。復興とかUターンとかIターンとかそういうものの根底にありそうなものです。(いい言葉がみつからない)

「新聞への寄稿」は昭和18年版の追記として寄せられたもので、昭和35年のチリ津波について新聞に寄稿したものです。かつての聞き取りを振り返りながら、復興がどのように防災に役立ったか(役に立たなかったかも)語られます。

山口弥一郎は高台移転より他なしと断言していますが、昭和の津波の直後に低地に戻ってきた人が、チリ津波の後にもまたすぐ元気に低地に戻っていて、そのやり取りがなんだか面白い。

私自身、津波の後すぐ仕事を始めた人が「ナニまた来たらまた作るがねー」と笑っているのを幾つも見た。でも、海に触れなくなって町に戻れなくなった人もいた。国家が強引なのは相変わらず。復興のプロセスは不思議と共通するものを感じる。弱い人、強い人、優しい人、頑固な人、傷ついた人、さまざまだ。

 山口弥一郎はいくつかの村の生活にとけこんで、その文化や価値観に驚きながらそのことを語っている。「復興」に齟齬が生じているのは、「復興」しようとする国家と「復興」を望むそこに生活する人との間に理解が足りないからではないだろうか。そこに切り込んでいく。カッコイイ。この後、たくさんの論文を書き、博士号をとり、後世に残る本をたくさん書いていくわけです。いいなあ。